岡田有希子の自殺の真相&新事実が判明?フライデーカメラマンが事故死って本当?

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今回は岡田有希子さんについて紹介していきます。1983年に上京し芸能界デビュー。

そしてまたたく間にトップアイドルになり、「ポスト松田聖子」と呼ばれていました。

しかし1986年4月8日、所属事務所サンミュージック屋上から飛び降り、全身打撲で死亡。18年の生涯を閉じました。

岡田有希子の自殺に世間が騒然!

岡田有希子さんの自殺に真相については、未だ多くの謎が残っています。

まず自殺した4月8日に何があったのか、わかっているところだけ紹介します。

4月8日当日、岡田さんの自宅マンションから「ガス臭がする」との通報が警察と東京ガスに入ります。

レスキュー隊が駆けつけると岡田さんはリ◯トカットを行い、ガス自殺を図っていました。

北青山病院で治療した後、所属していたサンミュージックの専務、福田時雄さんが、病院から東京・四谷の事務所へ連れて帰り、社長室にて付き人を含む3人で話をしていましたが、福田専務が相澤社長からの電話のため席を外した隙に、岡田有希子さんは付き人の目を盗み、屋上へ行き飛び降りたのでした。

この事件は自殺した直後からワイドショーが取材したため、現場にはまだ遺体が毛布か何かで被せられた状態でTVに写りました。そして芸能リポーターの梨田さんが専務の福田さんに直撃インタビューするという放送をします。

人気絶頂のトップアイドルの自殺は世間に衝撃を与えました。

岡田さんの死は、「ユッコ・シンドローム」という社会現象が引き起こします。16歳の少女が「岡田有希子のようになりたい」と自ら命を絶ったのをはじめ、1週間で8人が自殺。さらに、21歳の浪人生が同じ現場で飛び降り自殺をするなど、1カ月で後追い自殺したファンは30人以上。ショッキングな出来事としても記憶されることとなります。

尾崎豊さんの時もこのような現象がありましたね・・・

岡田有希子の遺書に峰岸徹の名前が記載!男女関係のもつれが自殺の原因か?

自宅で見つかった彼女の遺書には、

男優の峰岸徹さんにふられた・・・あこがれていたのに、最近冷たくされて悲しい・・・勝手なことをしてごめんなさい・・・」

と岡田さんが憧れていた俳優の峰岸徹さんの名前が残されていたと報じられました。

岡田有希子さんと峰岸徹さんは、その前の年から始まった連続テレビドラマ「禁じられたマリコ」で共演をしていました。

当時、峰岸徹さんは42歳、岡田有希子さんとは24歳差でした。

岡田有希子さんの訃報を受け、峰岸徹さんは「正直、ものすごくショックです。僕は兄貴のつもりでいたんですが、彼女はそれ以上のプラスアルファがあったのかもしれない。それが愛だったら、責任を感じます」とコメントしました。

サンミュージックの相澤会長は後に、亡くなる円実の岡田有希子さんの行動を公表しています。

岡田有希子さんは前日の深夜、世田谷区・成城の峰岸徹さんの自宅前に1人訪れ、朝方、泣きながら帰宅したのだそうです。当時の峰岸徹さんは元妻との間に小学生の娘がおり、新しい婚約者もいたそうです。

まだ10代で大人の恋にあこがれていたのかもしれませんね。まだ慣れてなかった芸能界で優しくしてくれて好きになっちゃったんでしょうね。

岡田有希子の遺書が公開されないことで数々の噂が囁かれる!真相は?

遺書に峰岸さんの名前が載っていたという報道ですが、実際には遺書自体が公開されているわけではありません。

しかもその遺書は長らくサンミュージックの金庫に保管されていると都市伝説的に語り継がれています。

そのサンミュージックの相澤会長はその遺書のことについては頑なに口を閉ざしていました。

相澤会長に生前、何度か取材した週刊誌記者によると

「当時、岡田さんには家族にも見せていない日記のようなノートが残されていて、そこには死に至った交際相手について赤裸々に綴られていたという話があり、長くその相手の名前だけでも聞かせてもらえないかとうかがっていた」そうです。

あるときは酒の席で相澤会長に突っ込んだが「どんなに酔っていても、その話になると『その話はやめてくれ』の一点張りで、教えてもらえなかった」という。

「でも、当時取材した芸能リポーター(故人)からは、日記自体の存在を会長が認めた話も聞きましたし、日記の最期の言葉が“さようなら”だったということも分かっています」

とコメントしています。

熱愛相手は神田正輝説

峰岸さんとの恋愛関係に悩んでいたという報道ですが、実は別の人間だったという噂がいくつかあります。まず1人目は神田正輝さんです。

その噂はtwitterでコメントされていましたので少し紹介します。

岡田有希子の自殺の原因は神田正輝との交際ってその昔に誰かに聞いたけどなぁ…

テレビは堂々と嘘を垂れ流す。岡田有希子が峰岸徹を好きだったというのは作り話。本当は神田正輝と付き合ってたのに…。

神田さんが松田聖子さんと結婚したのが前年です。岡田有希子さんが「ポスト松田聖子」と呼ばれていたので、そのつながりから噂が流れたのかもしれません。

熱愛相手は舘ひろし説

岡田さんは舘ひろしさんと多く共演しているそうで、隠れファンだったことをテレビでも明かしており、理想の男性は舘ひろし!とも語っていました。

石原裕次郎との愛人説

さらには石原裕次郎さんと愛人関係にあったと言う噂もありました。


そして石原軍団相手にも枕営業があったのでは?とネット上で話題にもなっています。

その中の内容は神田さん、舘さんとの枕営業の他にも、担当マネージャー、相澤会長とも関係があり、一説には、石原軍団の中の誰かの子を岡田有希子が孕(はら)んでしまったけど、石原軍団側にそれを堕ろせと言われて人生を悲観して、ビルから飛び降り自殺したという噂です。

事実ならものすごいスキャンダルですね!

岡田有希子の自殺写真を撮ったフライデーカメラマンが翌年に事故死!

岡田有希子さんの自殺した直後の写真が未だにネットで蔓延しています。このような写真が撮られて、なおかつ週刊誌にも載せられました。

今では考えられませんね。

この週刊誌は前年に起きた日航機墜落事故の現場の多くの遺体の写真を載せていました。しかしその後、この週刊誌は廃刊になりました。

この岡田有希子さんの写真を撮った報知新聞社のカメラマンは、まだ警察が到着していないのをいいことに、より良いアングルの写真を手に入れる為、うつぶせに倒れている岡田有希子さんを足でけって転がし、ベストショットの撮影に成功した、というものです。そのカメラマンが翌年事故死をとげています。

この事故死は岡田有希子さんの都市伝説中の話として語られています。

さらに「夜のヒットパレード」で歌っていた中森明菜さんのうしろにワンピースを着た岡田有希子が立っていると多くの視聴者からの問い合わせが殺到したそうです。

見てみましたが、中森さんの顔のアップの後ろにいる演奏者たちが左に流れて、次のシーンに変わる直前に白い服を着ている人が確かにいます。その方は明らかに何も演奏せず、ただ見ているだけのようにも見えます。

皆さんが言っているのはおそらくこのシーンだと思います。

髪型のシルエットは似てるように見えますね。

まあこれを幽霊と捉えるか、ただ別の人が立っていただけと捉えるか・・・

信じるか信じないかはアナタ次第です!

岡田有希子の自殺の新事実がフライデーで語られる!

自殺の直前までそばにいたという所属事務所「サンミュージック」の福田時雄元専務が2016年12月2日放送の「爆報!THEフライデー」に出演し、岡田さんが死を選んだ「真相」について語っています。

初めにしたリ◯トカット&ガス自殺未遂と飛び降り自殺について福田元専務は、この「2つの自殺」には違った背景があるとの見方を示しています。

岡田さんの1回目の自殺未遂は「(当時関係を噂された)男性への一途な思いから」の行動であり、2回目の自殺は「(自殺未遂で)大変なことをしてしまったから、もう生きてはいけないと思い詰めたのではないか。皆に迷惑かけたという自責の念」などと語っていました。

相澤社長は自殺前の岡田さんの様子をこう語っています。

「有希子は、デビュー前から僕の自宅で下宿していたんですが、デビューして売れ始めたんで、一人暮らしを始めた。その3日後に有希子の住んでいた部屋に、のりピー(酒井法子)が入ってきたんです。

そして、自殺する3日前に、僕の家に有希子が食事に来た。なんとなく元気がないから、”おまえがこれからうちの会社を背負っていくんだから、がんばらなきゃだめだよ”というと、”私なんかもう、だめだから“”あとにいい子(=酒井法子のこと)がいるじゃない”という暗い話をしだしたんです」と語っていました。

岡田さんが自殺したあとに彼女が残していた1冊の日記風のノートをし、相手の男性の名前(=峰岸徹)はもちろんのこと、彼女が峰岸を思い、そのことがうれしくて、喜ぶさま。一方で、その恋は成就することがないと判断し、真綿でクビを絞められるような苦しみが克明に綴られていたという。

「有希子は峰岸さんに恋焦がれて、プラトニックな愛を持ち続けて、自殺したんです」

と語っていました。さてこれが本当に真実なのか?

岡田有希子の母親が自殺の真相を語る!

岡田有希子さんの遺稿集「愛をください」というものが存在します。

すでに絶版となっていますが、岡田有希子さんがかいた絵画・詩・日記が記されたもの。そこには岡田有希子さんの母親の手記も寄せられています。

母親の手記では遺書についても触れられ、当時話題となった峰岸徹さんの名前が確かにあるものの痴情のもつれなどはなく、”相手の男性には騒動に巻き込み、申し訳ない。そして気の毒”と綴られているといいます。つまり岡田有希子さんの失恋相手は峰岸徹さんですが、弄ばれたようなものではなかったことが伺えます。

またそれよりも岡田有希子さん母親の手記では、若い彼女を都会にたった一人にしてしまった自身の後悔が記されています。失恋は確かに大きな影響を与えますが、岡田有希子さんの死については、そんな一つのことだけで語られるべきものではなかったのでしょう。

まだ高校生ですもんね。都会に行って、厳しいであろう芸能界で色々と気苦労もあったのでしょう。

30年経って発覚した岡田有希子の新事実が自殺以上にヤバい!

「爆報!THEフライデー」において、岡田さんについての新事実が発覚しました。

サンミュージックに保存されていた岡田有希子さんの資料が死後に紛失しているということです。

同番組では持ち出した人物を特定し会いに行っています。

番組では、岡田さんの死の2年後にサンミュージックに入社し、2年勤めた後に突然退社したオーストラリア出身の白人男性・リチャード氏(50)と特定。都内に住む本人を直撃しています。

同氏は「(資料を)持ち出したことは本当のことです。会社から勝手に持ち出したことは申し訳ないと思っています」と謝罪。

都内の倉庫のコンテナに岡田さんの資料194点を大切に保管していることを告白しました。

サンミュージック勤務当時、岡田さんの貴重な資料が同社の倉庫の奥深くにしまい込まれているところを目撃。

30年でも100年でも残すことに意味がある」と、資料持ち出しを決意した理由を明かした。

この人がそもそもなぜそんなことしたのかが謎ですね。

岡田有希子さんのご冥福をお祈りします。

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