イニエスタさんはサッカー界のスター選手です。
2018年より日本のクラブチームでプレーしています。
今回はイニエスタさんの子供についてお話していきます。
目次
イニエスタの子供の名前や年齢は?→長女ヴァレリア7歳、長男パオロ3歳、次女シエナ1歳、次男ロメオ0歳
イニエスタさんには娘が二人、息子が一人います。
2011年4月に長女のヴァレリアちゃん、2015年5月に長男パオロくん、2017年5月に次女のシエナちゃん、2019年6月に次男のロメオくんが誕生しています。
イニエスタさんは三人のお子さんのパパなんですね。
イニエスタさんのインスタグラムでは家族の仲睦まじい様子が挙げられています。
とても幸せそうですね。
前述しましたが、2019年の6月には次男のロメオくんが誕生しイニエスタさんはtwitterで喜びを表現しています。
Bienvenido Romeo! Día maravilloso! La mamá y él están geniales! ❤ pic.twitter.com/EVCdqEz3Bv
— Andrés Iniesta (@andresiniesta8) 2019年6月20日
ロメオくんもパオロくんのように天使になるのでしょうか?w
ネットの反応はこちら。
#イニエスタ おめでとう㊗️
ステキなパパで夫さんイニエスタ 第4子誕生を報告 2019年6月22日 https://t.co/LXCf5bK20r
— ♡美麗雪姫♡MIREI♡yukihime♡ (@mireiyukihime) 2019年6月21日
イニエスタ、ジュニア誕生おめでとう️
イニエスタが一時帰国、第4子出産立ち会い J1神戸(神戸新聞NEXT) https://t.co/MkSbOUD8NM
— Kir@Smile for Zweigen ! (@7f7s7s7) 2019年6月21日
イニエスタご夫妻に第4子誕生!
おめでとうございます!#イニエスタ#Jリーグ#ファインダー越しの私の世界#Canoneoskissx8i@andresiniesta8 pic.twitter.com/PEtJ9DJ5WF— ⚽️ @Jリーグ写真垢 (@IIPUU07_CRZ) 2019年6月21日
本当におめでたいですよね。
さて、イニエスタさんの長女ヴァレリアちゃんはすでに小学校に通う年齢です。
イニエスタさんは2018年現在日本に住んでいますから、子供がどこの学校に通っているか気になるでしょう。
神戸を旅行したことがある方なら分かると思いますが、とても異国情緒のあふれるところですよね。どうやら、居住歴の長い外国人の方が多いことが関係しているみたいです。
兵庫県には外国人学校が12個ありますが、そのうちの8個が神戸にあります。
神戸市はかなり外国の方が多いみたいです。イニエスタさんもこちらで子育てしているでしょう。
そのうちの4校のインターナショナル・スクールのどれかにイニスタさんの子供が通っているといわれています。
カネディアン・アカデミィ
その代表格が六甲アイランドにある「カネディアン・アカデミィ」で、幼稚園から高等学部まであり600名近くが通う、神戸を代表するインターナショナル・スクールです神戸ドイツ学院
さらにそこから歩いて数分のところには、「神戸ドイツ学院」があります。こちらも100年以上の歴史を持つ伝統校で、2歳から16歳までを教えています。
聖ミカエル国際学校
並んで外国人学校が多い、北野異人館のある中央区の山側の英国系「聖ミカエル国際学校」で、3歳~11歳までが通う創立70年の学校です。マリスト・ブラザース・インターナショナル・スクール
その他、須磨区にある「マリスト・ブラザース・インターナショナル・スクール」があります。
また公立校ではないかという意見もあります。
インターナショナルスクールだけでなく、公立の小学校でも多国籍な雰囲気を持つ学校も少なくないそうです。
特に有名なのが神戸市中央区中山手にある「こうべ小学校」だそう。
校区も広く、さまざまな地域の子供たちが通っていて、国籍も多様なんだとか。
急に日本に引っ越すことになりましたから子供たちも戸惑ったことでしょう。
外国人学校が多い神戸市は最適な町だったかもしれませんね。
イニエスタさんの長男パオロ君はかなり美少年でネットで話題になりました。
そのきっかけとなったのが、バルセロナのホームスタジアムで開催されたバルセロナVSレアル・ソシエダの一戦で撮影された一枚の写真でした。
写真のパオロ君はイニエスタさんに肩車されていて、本当に天使級のかわいさです。ネット上でも、「美しすぎる、本物の天使」「めちゃくちゃ可愛い」「女の子かと思った」と絶賛の嵐でした。
パパのことが大好きで仕方ないみたいです。
イニエスタの子供が死亡!→流産の過去!
イニエスタさんは過去に子供を亡くしたことがあるようです。
その際、インターネットではイニエスタさんを励ますコメントがたくさん寄せられました。イニエスタさんはそのコメントに次のように返答しています。
Buenas noches. En nombre de Anna, mío y de nuestras familias no podíamos dejar de agradecer todas las (cont) http://t.co/4H2SMFtHUd
— Andrés Iniesta (@andresiniesta8) 2014年3月9日
「おやすみ。僕、妻のアンナ、僕の家族からは、愛情とサポートを示しているくれたみんなに感謝しかないよ。僕らは尽きることのない感謝を君たちみんなにに感じている。僕らは深く沈んでおり、つらくて難しい時期だった。プライバシーを尊重してくれたことを感謝している。きっと天国からあの子が助けてくれるはずだ」
きっと深い悲しみの中にいたに違いありません。しかし、こうしてファンの皆さんに真摯にコメントをするイニエスタさんは本当に偉いですよね。
イニエスタが子供(長女のバレリア)と日本語を勉強!
来日直後は、「暑い」という言葉を覚えたと取材で答えていたイニエスタさんですが、長女のバレリアちゃんも熱心に日本語を勉強しているようです。
出典:https://www.soccerdigestweb.com
ふたりが取り組んでいるのは、日本語とスペイン語を併記して覚えていく勉強法のようで、ローマ字で「Konbanwa(コンバンワ)」と記された下には、スペイン語での夜の挨拶「buenas noches」と記されています。
効率の良い勉強方法ですね。
ちなみにイニエスタさんは日本語でサインを書いた際に達筆で話題になりました。
うまいですね。
サッカーだけでなく字の才能もありですね。
イニエスタはどんな子供時代を過ごした?
イニエスタさんは大スターですが、幼いころからその才能を発揮していました。
アンドレス・イニエスタさんは、1984年5月11日に生まれスペイン、アルバセーテ県フエンテアルビージャ出身。4歳からサッカーを始めます。
8歳からクラブチームに所属し、指導者の下で本格的にサッカーを始めます。
当時のイニエスタさんは大人顔負けのプレート才能で観客を魅了していました。
イニエスタさんは、子供のころから他の子にはない、特別な才能をすでに発揮していました。
その一つが超人的なボールスキルです。単にボールを操るだけでなく、相手とボールの間に自分の体を滑り込ませるという技術をすでに子供の頃から取得していたのです。
もう一つ、イニエスタさんの武器はドリブルスピードです。加速性能や、急激な方向回転など、敵を翻弄するドリブルさばきがイニエスタさんの最強の武器なのです。
そして12歳の時に所属していたチームで全国大会に出場します。
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
そこで多くの名門クラブから注目を浴びます。
その中で、イニエスタさんに最初にアプローチしたのが、名門レアルマドリードでした。イニエスタさんの出身地がマドリードから近いので、両親にいつでも会いに行けると諭されたそうです。
そしてイニエスタさんもレアルマドリードに入団することを望んでいました。
子供時代のイニエスタはレアルマドリードを応援していました。
理由はバルセロナがアルバセーテ相手に7度もゴールネットを揺らしたからだと言われています。
そのバルセロナの永遠のライバルがレアルマドリードであることは説明不要でしょう。
子供時代のイニエスタは、レアルマドリードでプレーして、バルセロナを見返してやりたいと考えていたのです。
しかし、イニエスタさんはバルセロナに入団します。
それは、イニエスタさんの両親が、息子のプレースタイルはバルセロナに適していると考えたためです。13歳からバルセロナで過ごすことになるのですが、このことがイニエスタさんの人生の大きな転機となるわけです。
そこからイニエスタさんはスター選手へと成長していきます。
1999年、当時まだ14歳だったイニエスタさんは、U-15のチームの一員としてナイキ・プレミア・カップに参戦し、その際彼のプレイを見たグラルディオラ選手は同僚の選手に彼には特別な才能があると言及したそうです。
当時バルセロナのスター選手だったグアルディオラ選手はイニエスタさんの可能性があることを見抜いていました。
出典:https://www.soccerdigestweb.com/
グアルディオラがバルセロナを去った2001年夏、イニエスタはその1年後にトップチームの一員としてプロデビューを飾っています。
2002年10月、この時イニエスタは18歳と5ヶ月という若さでした。
バルセロナのサッカーがイニエスタの急激な成長を促進した
イニエスタさんはグアルディオラさんの期待通りの活躍をしていきます。
そしてグアルディオラさんがバルセロナの監督として戻ってきたときにイニエスタさんと再開します。
イニエスタさんはそれをきっかけに、これまでになかった才能を開花し始めます。超人的なボールコントロールと、突出したスピード、360°敵味方を把握し、いいプレーに徹底することです。
イニエスタさんの人生はまさに漫画のようですね。
またバルセロナスクール時代のイニエスタさんを知る村松尚登さんは14歳で飛び抜けていたとコメントしています。
イニエスタさんは、テクニックはもちろん、周りを見て適切な状況判断が完璧で、大人と同じようにボールで体現できていたそうです。
さらに当時のチームメイトはこのようにコメントしています。
「わたしは14歳から16歳まで、カテデB、カテデA、フベニールBのカテゴリーで、イニエスタと一緒にプレーしていました。イニエスタの実家は遠く離れた町でしたので、たまにわたしの家に泊まりにきたりもしていました。当時、イニエスタよりも優れた選手が2人いました。それも普通の『良い選手』ではなく『とても良い』選手です。
しかし、2人のうち1人はメンタル面が原因でうまくいかず、もうひとりはパスポートの問題があって、チームに残ることはできませんでした。その意味で、イニエスタはなにも問題のない選手でした。家族ともうまくやっていたし、毎日の練習をきちっとこなしていました。彼が良かったのは、普通だったことです」
毎日練習をきちっとこなすというのは簡単そうに聞こえますが、実際に行うとなると難しいですね。
どうしても気分やその日の体調により練習をする気にならないこともあると思いますが、そういった感情に左右されずイニエスタさんは練習し続けたので今の彼があるのでしょうね。
イニエスタさんが日本の子供たちに伝えたいことは、イニエスタさん自身のビジョンです。
イニエスタさんは、12歳からサッカーの名門FCバルセロナの育成組織「カンテラ」で学びました。そして、2010年のFIFAワールドカップでは母国スペインを優勝に導いたイニエスタさんがそのサッカーのテクニック、ビジョンを次世代に伝える活動をしようと決意したのは、2013年スペインでした。
スペインでも同じような活動をしていたようですが、日本に来てもその活動は続けるようです。
子供たちと一緒にサッカーをプレーすることで彼のビジョンを伝えようというものです。
イニエスタ アイデアとしては、僕がこれまでバルサやスペイン代表で学んできたことを日本に伝え、僕自身もサッカーに限らず、日本からいろいろなことを学び、このクラブをより高みに持っていく、ということを考えているよ。
「イニエスタ・メソドロジー」の要点は。
イニエスタ 僕はずっと、ボールを保持してゲームの主導権を握るチームでプレーしてきた。サッカーにはいろいろな要素があるけれど、僕が学んできたのはポゼッション(ボール保持)を高めるために、ボールをどう扱うか、体の向きはどうするかということ。ボールを持っているとき、ボールを持っていないときにそれぞれ、どんな動きをし、どんな判断をするか。僕がこれまでに培ってきたことを、みんなに伝えたいと思っている。
「成功とは毎日の小さな努力の積み重ねである」
これがイニエスタさんの座右の銘です。実際に成功した方から聞くと説得力がありますね。
また「サッカー選手でも建築家でも、みんな自分の職業で一番になりたいと思っている。自分を良くするために毎日頑張る。それが人生だと思っている。」とも語っています。
イニエスタさんはサッカーの技術や戦術より、もっと大切なことを日本に伝えようとしているみたいですね。
イニエスタさんは、自身のサッカースタイルや技術などを日本の子供たちに伝える為、堺市と兵庫県尼崎市でアカデミーを開校予定であることを公表しました。
イニエスタさんいわく、そのアカデミーで「日本の違うところを学んで、日本のいいところとうまく掛け合わせてもらいたい」とのこと。
自分の才能を、未来ある子供たちに伝えようとする活動を積極的に行うイニエスタさんは素晴らしいですね。
スーパースターのこれからの活躍に、注目せずにはいられません!
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