田中美佐子の旦那さんは深沢邦之!年の差(年齢差)は?旦那の現在がやばい!

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田中美佐子さんは短大在学中に劇団ひまわりに入団し1981年にデビュー。

1982年『ダイヤモンドは傷つかない』で映画初出演し、「第6回日本アカデミー賞 新人俳優賞」を受賞しました。

ヌードがイヤで芸能活動を休止していましたが、事務所を変えて復帰します。

それ以降、多くのドラマ、映画、舞台で活躍している女優さんです。

ここではそんな田中美佐子さんの旦那さんについて迫っていきます!

田中美佐子の旦那さんは?→深沢邦之で実は付き人!

多くの40代、50代に夢を与えてきた、いつまでも若々しい田中美佐子さん。

サバサバ系で明るく飾らない姿で好感度も高いですよね。

そんな田中美佐子さんがお笑いコンビ「Take2」の深沢邦之さんと結婚したのが1995年のことでした。

二人は格差婚と言われてきましたが、今一度二人の結婚について振り返ってみましょう。

1995年、同じ事務所所属付き人をしていたこともある女優の田中美佐子と結婚。深沢の当時の収入は月収約10万円で、田中は年収1億円とも言われていたため、「収入格差100倍婚」とまで言われるほどであった。しかしこの結婚により知名度が上がり、色々な番組に出演するようになる。

田中美佐子さんと深沢邦弘さんが同じ事務所という縁で結婚したのは知っていても、付き人をしていたことは知らなかった人も多いのではないでしょうか。

有名女優と付き人という関係から、どうやって恋愛に発展していったのでしょうか?

36歳で7歳下の深沢と結婚した田中。当時、深沢は田中の付き人を務めていた。お互いに別の恋人がいて、恋の悩みを相談していたという。ある時、付き人の仕事が忙しいことが原因で、深沢が恋人と破局。田中の付き人も離れ、別の付き人が来たが、逆に田中の中で深沢の存在の大きさに気づいたという。

そんな日々が続き「すごい寂しくなっちゃって、一回、電話をして、寂しいって言ったら、ボクもですって言ってくれて。時々、ボク行きますって言ってくれて、作品が変わるたびに来てくれるようになった」と田中は明かした。。

近くにいすぎて鈍感になっていただけで、火種はあったのでしょう。

田中美佐子と旦那の年の差は?→旦那の年齢は現在52歳なので7歳差

先ほども触れましたが、田中美佐子さんと深沢邦之さんは「年の差」「収入の差」などから「格差婚」だとさんざん言われてきました。

もう少し突っ込んで見てみましょう。

当時36歳だった田中美佐子のお相手は、29歳だったお笑いコンビtake2の深沢邦之です。その年の差7歳。なおかつ女性のほうが年上だったため、田中美佐子と深沢邦之の結婚は「年の差婚」と言われました。

今でこそ、女性が年上の年の差婚は珍しくなくなりましたが、当時はセンセーショナルなこととして報道されていました。

田中美佐子と旦那は年の差以上に収入格差がやばい!それが原因で逆プロポーズを躊躇!

再三のこととなりウザいかもしれませんが、今一度、田中美佐子さんと深沢邦之さんの格差婚についてご紹介します。

まず知りたいのは深沢邦之さんが男としてこの結婚を望んでいたのかどうかです。

売れっ子女優と売れない芸人という対極な立場のせいか、深沢さんに田中さんと結婚する意思はまったくなかったそうですね。

一方で田中さんは、自身の年齢を考えて、そろそろ身を固めたい気持ちがありました。そのため、一向に自分にプロポーズして来ない深沢さんに業を煮やした田中さんは、自ら逆プロポーズに出ました。

そりゃあ深沢邦之さんがなかなか覚悟が出来なくても不思議ではありません。

なにせ、あの田中美佐子なんですから!

田中美佐子さんはどんな逆プロポーズをしたのでしょうか。

プロポーズは田中から。「結婚するよ」という逆プロポーズで、「すごいドン引きされたのを覚えてます。私と結婚するっていうのは自分の人生になかったみたいで、考えさせてくださいって言われました」と振り返っていた。

これはさすがの田中美佐子さんも傷ついたのではないでしょうか。

ですが、深沢邦之さんはそれからもきちんと返事をしていなかったようです。

ちなみに、「(結婚を)ちょっと考えさせて欲しかった」深沢さんは、田中さんからの逆プロポーズへの答えを先延ばしにし続けました。しびれを切らした田中さんは、1年後に深沢さんに再度逆プロポーズをし、結婚まで持ち込んだという武勇伝を残しております。

逆玉の輿婚とでも言うのでしょうか。

ラッキーと捉える男性もいるかもしれませんが、やはり普通の男性なら自分が全てにおいて格下の立場だと、果たして自分でいいのだろうか?と自信がないのが本当です。

ですが、女に二度もプロポーズさせておいて、煮え切らない態度も男らしくはありません。

そんな深沢さんを説得し、結婚までの道を整えたのは、深沢さんの父親であるAさんでした。Aさんは、「大女優から必要とされたなら、主夫でもいいじゃないか」的なアドバイスを深沢さんに送ったそうですね。

Aさんのアドバイスにより、深沢さんは、男の面子よりも結婚を優先する気持ちになったと言われております。

彼女の父親のアドバイスでようやく主夫として生きていく覚悟ができたようですね。

田中美佐子の旦那は現在何してるの?

そう言えば、田中美佐子さんの露出はあっても、旦那様の深沢邦之さんは見かけなくなりました。

今は何をされているのでしょうか?

普通に気になります。

現在は・・・芸能界の仕事をしているようです。

噂の!東京マガジン(TBS)レギュラー

週刊!健康カレンダー カラダのキモチ(CBCテレビ)準レギュラー

愛のワンニャンタイム(BS朝日)司会

などに出演中ですね。

全国ネットが少ないのも目にする機会が減った原因だと考えられますが、TAKE2としての仕事もほぼしていないことが原因かもしれません。

田中美佐子と旦那の離婚危機は嘘でのろけまくり!画像あり。

結婚当初はすぐ離婚するだろう、、、という声も上がっていましたが、結婚して23年続いています。

ですが、離婚の噂はいつまでも付いて回っていました。

1995年、付き人でもあった7歳下のTake2の深沢邦之と結婚。年収1億円を超えるとも囁かれていた田中の結婚は、「大女優と売れない芸人の結婚」「収入格差100倍婚」として世間の注目を浴びた。

結婚7年目の43歳の時には第一子を授かり、高齢出産も話題になった。深沢からは惚気全開のエピソードが飛び出すなど、幸せかつ上手くいっているようにも見えるが、一部では「夫の方に若い女の影があり離婚寸前、格差婚も限界」とも囁かれている。

深沢邦之さんも見くびられたものですね。

年上女房だから若い子に向かうといった、ありきたりの噂を流されて、離婚、離婚といつまでも言われて・・・。

ですが、田中美佐子さんと深沢邦之さんは、いつまでたっても仲が良い様子。

そんな噂がある中、深沢さんは自身のSNSに結婚記念日にデートした様子を投稿しました。とても仲良さげで、一般の人たちから羨ましい!とのコメントも殺到しました。とても仲良さげで、離婚する様子は見受けられません。

どんな内容だったのでしょう。

お笑いコンビ・Take2の深沢邦之が1日アメブロを更新。妻で女優の田中美佐子との結婚記念日を迎えたことを報告した。深沢は「11月1日は結婚記念日 コメントも頂きありがとうございました」とお礼を伝え「今日はゆっくりと過ごした気がしますがあっという間だった?!」と「朝の気持ちの良い景色」の写真を公開。

楽しそうな家庭が見えるようです。

個人的には理想的な家庭ですけども。

続けて「お昼には予想を超えたボリュームに出会い 妻と2人でヤバイ!食べきれないかも?!と嬉しい悲鳴をあげる」と美味しそうな料理の写真を公開。

「夕方は夕景を2人で見に行きました そして夕景を写メする妻を写メ」と妻の田中の後ろ姿を公開し「妻が写メした素敵な写真」と美しい夕日の写真も公開した。

深沢は妻・田中のことを「写真も上手い!なんでも出来る人なんです!また美味しい魚釣って来てね」と称賛ししめくくった。

自分の立ち位置を理解している利口な旦那様だと思います。

価値のないプライドは早目に捨てたほうがいいといういい例ですね。

田中美佐子は旦那の相方の東貴博の結婚式を欠席!

忘れてはならないのは、深沢邦之さんはTake2というコンビであること。

2012年7月8日に、深沢邦之さんの相方・東貴博さんが安めぐみさんと豪華結婚披露宴を開きました。

昭和の名コメディアンだった父・東八郎さん(享年52)の代わりに、父親役として出席した萩本欽一(71才)をはじめ、伊東四朗(75才)、三宅裕司(61才)、小堺一機(56才)など380人もの豪華メンバーが駆けつけるなか、ひとり浮かない表情だったのが、相方の深沢邦之(45才)だった。

それは田中美佐子さんが結婚式を欠席したことだったようです。

何でも、田中美佐子さんと東貴博さんとの間には確執があったのです。

1994年、同じ欽ちゃん劇団の劇団員だった深沢とTake2を結成した東。当初、東八郎さんを父に持っていたことから、“下町のプリンス”として、深沢よりも人気があった。しかし、先に結婚したのは深沢のほう。しかも相手は同じ事務所の先輩で人気女優の田中だった。これが東のプライドをひどく傷つけ、田中との間に確執が生まれたのだ。

「深沢さんと田中さんとの結婚がよっぽど悔しかったみたいで、“ぼくが口説いておけばよかった”って冗談めかしてグチってたんです。それが、田中さんの耳にはいっちゃって…。彼女は“軽い女”呼ばわりされたと思って大激怒。それ以来、東さんとはずっとぎくしゃくしてるんです」

東貴博さんちっちゃい男だな、、、と単純に思います。

確かにtake2と言えば十四光と言われていました(七光りが2つという意味で)。

ですが、それも売り出し方のいいネタだったと思います。

結果オーライだと思うのですが、なかなか本人たちには納得いかない部分もあるのかもしれません。

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