工藤阿須加は大学でミスターコンテスト優勝!学部はどこ?大学時代テニスで日本一に!

Pocket

今回紹介させていただく人は、俳優の工藤阿須加さんです。

1991年8月1日生まれ、現在27歳。

父親は、プロ野球・福岡ソフトバンクホークス監督の工藤公康さん。

妹はプロゴルファーの工藤遥加さん。

5人兄弟の長男として生まれました。

そんな工藤阿須加さんの気になる大学についてまとめてみました。

工藤阿須加は大学のミスターコンテストで優勝!

大学のテニスサークル全国大会で優勝した工藤阿須加さんは、大学内のコンテストでも優勝の経験をお持ちです。

そのコンテストはと、大学の「ミスターコンテスト」です。

学園祭や文化祭などで開催されるミスターコンテストで、ミスターの称号を手にすることは、学校内で一番のイケメンであることの証です。

大学のミスターコンテストで優勝されるってスゴイですね。

ミスターコンテストに出場するだけでも凄いのに優勝されるって大学内では有名なイケメンだったのでしょうね。

工藤阿須加の大学学部は?→東京農業大学だが、学部は非公表!

工藤阿須加さんが通っていた大学は「東京農業大学」でこの大学はちゃんと所在地が東京の大学です

東京農業大学には、

農学部
応用生物科学部
地域環境科学部
国際食料情報学部
生物産業学部
教職課程
学術情報課程
の7学部あるのですが、工藤阿須加さんの学部までは公表されていませんでした。

工藤阿須加さんが東京農業大学を選ばれた理由が気になる人も多いのではないでしょうか。

大学を選んだ理由はテニスをするためではなく、農業を志したいという思いからです。

工藤阿須加さんは高校生の時に「奇跡のリンゴ」で知られている木村秋則さんの講演を聴き、感銘を受けて農業を志そうと考えました。

ちなみに木村秋則さんは絶対に無理だと言われていた無農薬・無肥料でのリンゴ栽培を世界で初めて成功させた方です。

工藤阿須加さんが大学を選んだ理由が農業を志したいという事だとは思っていない人が多いかもしれませんね。

テニスをやりたいからだと思っていた人が多いですよね。

工藤阿須加は大学時代にテニスサークルで日本一に!

工藤阿須加さんのテニス歴など見ていきたいと思います。

小中学生時代

工藤阿須加さんは小学校5年生のときにテニスを始めました。

この時からプロを目指していたと言います。

お父さんの工藤公康さんが巨人軍に移籍した頃からテニスを始め、
あっという間にのめり込んでいったそうです。

工藤阿須加さんは中学校に進学後もテニスを続けます。

高校進学の進路について考える時期が来ると、工藤阿須加さんは、テニスの強豪校に行きたいとお父さんにお願いしました。

そして、大阪府の長尾谷高等高校に進学することになります。

工藤阿須加さんはテニスを始めたのは小学5年生で、その時にプロになる事も目指していたんですね。

小学生でプロを目指そうってなかなか思わないですよね。

高校時代

高校3年生の時に団体戦で千葉県ベスト4。

その後進出した関東大会では2回戦敗退(自身の戦績は1勝1敗)。

千葉県でベスト4に入るほどの実力です。

長尾谷高校編

工藤阿須加さんは、大阪のテニスの強豪校である長尾谷高等学校に進学します。

ここでは、合宿所に入ってテニス漬けの毎日を送ります。

試合の結果ですが、次に示すものは工藤阿須加さんが高校1年生のとき、2007年(平成19年)の8月18日~20日に行われたものになります。

大会名称は、「平成19年度大阪高等学校総合体育大会テニス大会」
兼「平成19年度近畿高等学校テニス大会個人の部大阪府予選」になります。

ダブルスで出場されて残念ながら2回戦で負けてしまっています。

工藤阿須加さんに大変なことが起こってしまいました。

右肩の故障です。

後にお父さんが語っていましたが、練習のやり過ぎによるオーバーワークのようです。

医師に診てもらったところ工藤阿須加さんの肩の状態は、そのままもう少し続けていたらテニスができなくなるというほどひどい状態でした。

工藤阿須加さんは相当ショックを受けてもがき苦しんだと話しています。

ですが工藤阿須加さんは、ここではテニスを諦めず、怪我の状態を見ながら以前のような練習の日々に戻っていきました。

工藤阿須加さんはテニスの練習のやりすぎで肩に無理がかかっていたようです。

上手になりたいと無理しすぎるのもダメだという事ですね。

工藤阿須加さんには次のような事も起こりました。

今度は、疲労性の目まいなどで入院することになってしまいました。

これを受けて、お父さんはお母さんとも話し合い、

これ以上テニスを続けると学校に迷惑をかけることになる。やめるしかないと工藤阿須加さんに話しました。

最終的には工藤阿須加さんは学校を辞めることを選択し、千葉県の高校に転校することを決めます。

テニスからの疲労で眩暈までおこし入院までされていました。

学校を転校するとき辛かったでしょうね。

東京学館高等学校編

千葉県にある私立東京学館高等学校に転入します。

こちらの高校もテニスの強豪校になります。

その頃もプロテニスプレーヤーを目指すとお父さんに強く言っていたそうです。

この時はまだ工藤阿須加さんはプロテニスプレーヤーになる事を目指されていたようです。

工藤阿須加さんが高校2年生のとき、2008年(平成20年)10月頃に行われた

「第40回 千葉県高等学校新人テニス大会」のシングルスの試合結果になります。

出場者は60名です。

工藤阿須加さんは初戦は勝ちますが、2回戦目で敗退しています。

2回戦目で負けてしまった工藤阿須加さんです。

工藤阿須加さんが高校3年生のとき、
2009年(平成21年)4月下旬~5月上旬に行われた

「関東テニス大会千葉県予選会」
「千葉県総合体育大会テニス大会(個人の部)」の結果になります。

工藤阿須加さんは、シングルス、ダブルス、団体戦の3種目で出場し、結果は以下のようになります。

シングルス 1回戦敗退

ダブルス  2回戦敗退

団体戦   3位【関東大会進出】

個人戦ではだめだったようですが、団体戦では関東大会に進出されていました。

大学時代

工藤阿須加さんに対して大学からのお誘いもあったそうです。

サーブのスピードも200km/hくらい出ていたんだとか!

ですが、工藤阿須加さんはお誘いを受けずに農業を学ぶ道を選びました。

大学時代もテニスのお誘いはあったようですが、農業を学んでいたようです。

プロを目指さなくてもテニスが好きならあきらめなくていいようにも思いますね。

東京農業大学にも硬式テニス部はあるのですが、工藤阿須加さんは早大の早大マッチポイントという早稲田公認のサークルに所属していました。

工藤阿須加さんはテレビ番組でサークルで日本一になったと話しており、恐らく全日本学生庭球同好会連盟主催のFesta と呼ばれる大会だと思われます。

工藤阿須かさんはテニスをプロとしては諦めていたかもしれませんが、趣味としては楽しんでいたようです。

サークルでテニスをやられていました。

サークルで日本一になるのは凄いですよね。

プロとしてはあきらめなくてはいけないかもしれませんが、趣味としては上手すぎという事ですね。

プロを目指してテニスをするのも良いかもしれませんが、サークルでテニスを楽しむのも肩に無理がかからなくて良かったのでしょうね。

テニスのプロを諦めて19歳で役者の道に

子供の頃からテニスのプロを目指されていた工藤阿須加さんが俳優の道を選ばれたのが気になる所です。

工藤阿須加さんがテニスのプロになることを諦めたのは、高校1年生の時に右肩を怪我したことも理由の一つにありました。

怪我のため、大事な時期にテニスができなくなり、プロになるのは厳しいかなと思ったからです。

ですが、プロを諦めきれなくて大学に入って続けていたと、工藤阿須加さんは話しています。

目指していたプロとしてのテニスを諦めなくてはいけない時は悩んだと思います。

自分がずっと夢を持っていた事が無理だとわかるとどうしていいか悩みますよね。

将来の進路について迷っていた19歳の頃、お父さんからもうすぐ大人になるのだから、一人の男として自分の将来をどうするのか決めなさいと言われたそうです。

じっくり考えた結果、小学校から興味があった役者という道を志すことになります。

俳優デビューは21歳でした。

19歳の時に、自分の将来をどうするか決めなさいと言われて俳優になる事を決めた工藤阿須加さんです。

俳優としてデビューされたのは工藤阿須加さんが21歳の時です。

これからは、工藤阿須加さんには俳優として活躍してもらいたいですね。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.