重盛さと美のヤンキー画像やヤンキー時代がやばい!

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重盛さと美さん(30歳)はフジテレビ『めちゃ×2イケてるッ!』の新メンバーオーディションで合格しレギュラーとなり、スペシャルの『抜き打ちテスト』で『ネバーエンディングバカ』になり、バカ四冠を達成したことで『お馬鹿キャラ』や『天然キャラ』として知られ、『さっちゃん』の愛称で親しまれています。

今回はそんな重盛さと美さんに関する噂について検証していきます。

重盛さと美のヤンキー時代&ヤンキー画像がフライデー

現在では『お馬鹿キャラ』や『天然キャラ』として知られている重盛さと美さんですが、実は中学生時代『ヤンキー』だったという噂です。

2013日11月8日発売の雑誌『フライデー』にその時代に撮影されたと思われる写真とともに記事が掲載されていました。

重盛さと美 参上!>
10年ほど前まで福岡市内の団地の壁には、デカデカと油性ペンでそう書かれていた。 「福岡の中学(市立東光中)時代からモノマネが得意で人気者だった」と振り返るのは、重盛の同級生だ。

「当時から勉強は苦手で、テストで0点をとっても一気にしなし気にしなし」と笑っていました。男の子からの人気は高かったですよ。「またコクられちやった」と自慢していましたね。

不良グループにも入っていて、放課後に中学校近くの団地に集まって大声で話し、よく近所の人に怒られていた。

髪を茶色に染めて担任の先生に『なんだその色は!と注意されたのに、『みんなしとるやん!』と言い返したため、黒髪のカツラをかぶせられていたのを覚えています」

そんな、やんちゃだった頃の重盛の写真を入手した。中学の卒業式でピンクのセーラー服を着て、特攻服姿の友人たちと収まったものだ。

同級生が続ける。 「ヤンキーの仲間たちと、『卒業式だから派手なことをやろう』と考えたようです。式が終わると学校中をねり歩き、そのまま博多駅まで行って、『卒業万歳!』と叫んでいました

インタビューに答えた同級生によると、髪の毛や服装を派手にしたり、不良グループに入っていたそうです。また、中学生時代はバスケットボール部だったそうですが、ほとんど部活には出ていなかったそう。

ネズミとリスに似ているため、仲間からは「チュウリス」と呼ばれていた。中学ではバスケットボール部に所属していたが、「先輩が恐い」という理由でほとんど顔を出さなかったという

ヤンキーだったと言われる重盛さと美さんですが、男性関係も派手だったのかと思いきや、こちらはそれほどでもなかったようです。

 雑誌のインタビューでは、「休日に中学校のプールに忍び込み全裸で泳いだこともある」と明かしている。だが時間には厳しく「夜中まで遊ぶことはなかった」と、別の同級生が明かす。

お兄さんが、妹思いの恐い人なんです。門限を夜7時と決められていたさっちゃんは、『5分遅れただけで玄関で飛び蹴りをくらった』と話していました。

お兄さんはさっちゃんの携帯電話をチェックし、怪しいメールを送った男の子を呼び出し説教したこともあるそうです」

怖いお兄さんのおかげで、恋愛関係についてはあまり自由にさせてもらえなかったようです。実は重盛さと美さんは学生時代、ヤンキーだった彼氏と別れ話のもつれから、彼の母親と姉から軟禁されたことがあるそう。

そんなことがあったからか、お兄さんが門限などに厳しくなったのかもしれません。

重盛さと美はヤンキー画像をただのコスプレと否定→同級生はヤンキーと証言

雑誌『フライデー』によってヤンキーだったことを暴露されてしまった重盛さと美さんですが、本人はヤンキーだったことをいくつかのテレビ番組で否定していました。

2015年5月19日に出演した『ごきげんよう』では中学校の卒業式でコスプレ的なことをしただけだと言っていました。

重盛「あの…やんちゃって勘違いされる時があってですね。」
小堺「勘違いされる?」
重盛「そうです。”重盛さと美”って検索すると”ヤンキー”って出てくる時があるんですよ。」
小堺「あぁ~、ヤンキーだったの?」
重盛「で、それを今日説明したいんです!弁解したくて!」
小堺「ヤンキーじゃないってことをですか?」

重盛「ある週刊誌さんに昔の写真が載ったんですよ。それでちょっと…やんちゃっぽく見えたんですけど。」
重盛「実はそれは中学校の卒業式の日にピンクのセーラー服を着たんですよ。で、仲良い友達たちも赤とか白の…。」

小堺「卒業式だから目立つように?」
重盛「そうですそうです。」
重盛「で、男の人達も白の短ランとかを着て、みんなでほんとに仲良く門の前で集合写真を『イエイッ!』って撮ったんですよ。」

重盛「でもそれが流出しちゃって、昔やんちゃしてたんじゃないかっていうので。」
小堺「いけないセーラー服着てるみたいな?」
重盛「そうですそうです。ほんとにただのコスプレなんです。」

小堺「それがただ出ちゃったのを、ここで説明したかったのね。公共の電波を使って。(笑)」
重盛「あーっ、ごめんなさいごめんなさい!」
寺門「まぁまぁまぁまぁ。そうですよね。」
重盛「イメージを良くするために…。」
小堺「でもヤンキーだと嫌なの?言われたら。」
重盛「なんですかなんか、『あんなポワポワしてるのにホントはワルだったのかな?』ていう説がすごい流れてて。」
小堺「なんかそういうのって面白いじゃん。今すごくお嬢さんぽいのにヤンキーだったって。逆に魅力がね。」

寺門「僕いいと思いますけどね。そういうキャラが。」
重盛「あ、じゃあまんまでいいですかね?あれはガチでやってたみたいな。」
小堺「ごめんなさい重盛さん、これリハーサルじゃないの。(笑)」
重盛「そうなんですよね生放送なんですよね!ほんとすいません!」
小堺「打ち合わせここでしてどうするの。」
寺門「ほんとですよ!」
小堺「そういうわけでヤンキーじゃなかったということです。」
重盛「そうなんです!」
小堺「はい。でもヤンキーかもしれません。良くわかりません!」

2018年8月21日放送のTBS『有田哲平の夢なら醒めないで』では、卒業式に特攻服などを着るのが伝統とまで言っていました。

かつて週刊誌にすっぱ抜かれたヤンキー時代の写真。そこには茶髪で特攻服を着た重盛の姿が写っていた。しかもほかの男子生徒はスキンヘッドやリーゼントといった、いかつい者ばかり。

しかし重盛は、写真は中学校の卒業式のものと説明し、特攻服は「私の住んでた地域はこういうのを着るっていう伝統」と主張。

続けて「着ないと卒業できない」と反論し、「門限は(夜)7時半で、友達の家にもお泊りしたことなかったし、元ヤンと言われるのは困ります」と訴えた。

そこで出身中学は本当にヤンキー校ではなかったのかを確かめるため、同級生を取材。

当時、重盛のことを好きだったという男性は、「入学式の時に髪色が明るくて一人だけで式に出られなかった」と話すと、「ヤンキー学校です」と決定的な証言。

さらに、遊び仲間だった双子の女性は、福岡・中洲の屋台で、アイコスを吸いながらインタビューに応え、「いつもケバイ化粧してました」「部活の時にキスマークをつけて来て先生に怒られてました」とませた一面を暴露。

その上、重盛がコンビニのトイレでマニキュアを(除光液で)取っていたらシ◯ナーを吸っていたと間違われて警察沙汰になったことも明かすと、「言えないやつとかいっぱいある。コンプライアンス的にヤバイ」とも語った。

そんなVTRを受けて、有田哲平が「ヤンキーという証言はなかったけど、あの2人を見てたらヤンキー学校だったということでいいですね?」と、この日出演していた若槻千夏、陣内智則に確認を取ると、2人も「いいんじゃないですか」とうなずき全員一致。

重盛は「ウソー!」とショックを受けるも、出身校について「『ビー・バップ・ハイスクール』のモデル校みたいな」と思わずポロリ。有田はすさかず「ヤンキー学校!」。陣内も「バリバリ、ヤンキーやん」と確定していた。

重盛さと美さん本人は否定していますが、数々の証言から考えると、やはり『ヤンキー』だったことは確定でしょう。

重盛さと美がヤンキーから足を洗ったのは何故?

雑誌や番組で元『ヤンキー』だったことが明らかにされた重盛さと美さんですが、『ヤンキー』を卒業したのはどうしてでしょう。それにはいくつかの理由が考えられます。

①家族がとても厳しいからヤンキーを続けられなかったため

先の『フライデー』インタビューで述べられていたように、重盛さと美さんのお兄さんはとても厳しいらしく、門限を守らないと飛び蹴りされたり、携帯をチェックされ、悪い仲間や男子からのメールがあれば、その人物を呼び出し説教をしていたそうです。

それは妹を思っての行動だったのでしょう。そんな家族の思いもあって『ヤンキー』を続けていくのは難しかったのでは。

②芸能界入りを目指す際にヤンキーはイメージが悪いため

幼い頃から芸能界にあこがれていた重盛さと美さん。『福岡市立東光中学校』卒業後、『第一経済大学付属高等学校』普通科(芸能コース)に入学。

高校2年2学期に『クラーク記念国際高等学校』に転校し卒業しました

この機に仲の良かったヤンキーの友達とは、今でも会うことはあっても回数は少なくなっていきました。芸能界入りを目指していた重盛さと美さんが、元『ヤンキー』だということはイメージが悪く、事務所や家族からも言われたのでしょう。

重盛さと美さん自身も自覚したのではないのでしょうか。そして『ヤンキー』を卒業して、その事実を封印したのでしょう。そのおかげで、現在は『お馬鹿キャラ』で有名になることができたのでしょう。

重盛さと美さんは『ヤンキー』だった過去を隠して、『お馬鹿キャラ』として芸能界で成功したと言えるでしょう。

そして、元『ヤンキー』だったことが明るみに出ても、そのイメージはあまり変わりませんでした。重盛さと美さんのイメージ作りは成功したと言えます。数々のバラエティ番組などに出演する機会も増えている重盛さと美さんの、今後の活躍から目が離せません。

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